
PROLOGUE

人生という道のりの途中に、ふと立ち止まりたくなる瞬間があります。 完成された輝きではなく、その手前にある、ゆらめく光。 それは、迷いや葛藤の中で見つけた小さな希望かもしれません。 誰かのひと言が、凍てついた心をそっと溶かすように。 これは、ある家族が家という形を見つけるまでの、ささやかな物語です。
Chapter
1
手の記憶
丁寧に、まっすぐに。
家の第一印象は、最後の仕上げにある。
夕暮れの現場に、コンクリートを打つ音だけが響く。
左官や石工など、コンクリートにまつわる仕事を長く続けてきた岡本さん。
家の仕上げを任されるようになったのは、ある現場監督の一言がきっかけだった。
「家って、正面から見たときに何が一番目に入る?」
岡本さんは、手元を見つめながら静かに語りかける。
「そこが雑だと、家全体が粗く見えてしまう。だからこそ、最後の仕上げには誇りを持ってます」
午後の陽射しが、額の汗を光らせる。 コンクリートを均す手つきに、無駄な動きはない。
「きれいに仕上げる」──たったそれだけの言葉のなかに、長年のこだわりがにじむ。
自分でも家を持ち、アパート時代より洗車も趣味も思う存分楽しめるようになった岡本さん。
住まいに対する実感が、ますます仕事の手つきを確かなものにしていく。
Chapter
2
続いていくもの
子どもの頃の記憶が、今は目標になった。
「俊貴、こっちの型枠を持っててくれる?」
岡本さんの呼びかけに、若い男性が頷く。甥の俊貴さんだ。
汗を拭う仕草が、どこか岡本さんを思わせる。
「小さい頃は、お酒好きでちょっと冗談ばかりのおじさんでしかなかったんですよ」
自然に笑みがこぼれる。
「実際に現場で働く姿を見たとき、驚きました。
無駄がなくて、流れるような手つき…」
言葉に詰まる。
「仕事をしている背中が、こんなに力強いものだとは」
その言葉を聞きながら、岡本さんも俊貴さんを見つめる。
「きっちりやるけど、現場では緊張しすぎない。
若い力が加わると、こっちも新しい風を感じるよ」
道具の扱い方、材料への向き合い方、空気を読む間合い。
言葉にできない何かが、日々確かに移ろっていく。
「こうやって、少しずつ。最近よくそう思うんだ」
ふたりが並ぶと、距離感が絶妙だ。
世代を超えて、技だけでなく、何かが静かに受け継がれている。
Chapter
3
もうひとつの現場
祭りを動かす重機には、同じ誇りが宿る。
西日が傾き、現場に長い影が伸びる頃。
「あれ、今年も出るの?」と俊貴さんが尋ねると、
岡本さんの表情が変わる。
地域で開催される「御柱祭」。
少子化の影響で人手が減るなか、
自らの重機を使って御柱を曳く役目を買って出ているという。
「樹齢数百年の巨木が、重さ何トンもあるんだ。昔は人の手だけで動かしていたんだよ」
岡本さんの目が遠くを見る。
「仕事で使うものを、こうやって祭りでも活かせるのが面白いんだよ。
忙しいけど、みんなと一緒に何かを動かす時間は特別だよ」
町全体が熱を帯びる祭りの日。声を合わせ、汗を流す隣人たち。
そこにある一体感は、どこか現場の緊張感に似ている。
遠くから眺めれば、現場での顔と、地域での顔。
どちらも自然体で、どちらも本気。
祭りの熱と汗。現場の集中と緊張。
一見違う世界のようで、根っこは同じなのかもしれない。
そんな姿からも、「生きること」と「働くこと」が地続きの、
ひとつの道のりが見えてきた。
Chapter
4
明日への手つき
未完成だからこそ、続いていく。
夕闇が迫る現場。
道具を片付け始めるふたり。
「将来のこと、考えたりする?」
俊貴さんの問いに、岡本さんは少し間を置く。
「あなたに技術を託して、妻と旅に出ること、かな」
その言葉を聞いた俊貴さんの頬が、薄く染まる。
「"ふたりで旅に出られるように、早く一人前になってほしい"って
よく言われるんです」
照れながらも、その声には確かな手応えが混じる。
背中を追いかけていた視線が、少しずつ、同じ高さになってきている。
ふたりの距離は、これからも変化し続けていくだろう。

EPILOGUE

背中は違えど、向いている先は同じだった。
今日も、手は動き続ける。
誰かの「ただいま」のために。
誰かの日々のために。
その手元に、暮らしの景色がそっと寄り添う。
光るのは、完成した姿ではなく、
まだ道半ばの、ふたりのまなざし。




OFF SHOT

仕事着のまま、御柱祭へ。地域も現場も、まっすぐ向き合う。

愛猫・アイル「おなか見せちゃう、甘えんぼうモード。」

小さな手、小さな足。現場帰りの腕の中に、家族の未来がそっと重なる。

世代を超えて笑い合うふたり。仕上げの美しさは、この信頼から生まれる。

岡本さんは型枠を外し、俊貴さんは外水栓を丁寧に仕上げる。静かな現場に、職人の手が語りかける。

真剣なまなざしで手を動かす俊貴さん。一つひとつの積み重ねが、誰かの暮らしに繋がっていく。

新築現場を見守る岡本さん。仕上げにこだわる、そのまなざしは真剣そのもの。

丁寧に型枠を調整する岡本さん。細部へのこだわりが、家全体の印象を左右します。