
PROLOGUE

何かを創り上げる途中の景色。 完璧ではなく、その手前にある時間。 不確かさと向き合う姿の中に、ふと灯る光がある。 図工の時間に感じた胸の高鳴り。 道具を握る指先の記憶。 埃舞う現場で見つけた、憧れの背中。 今日も彼女は、誰かの暮らしのために、 黙々と家を組み立てている。
Chapter
1
好きの種
小さな夢中が、いつか道になる。
「好きなことで、生きていけるなんて思ってなかったんです」
小学生の頃から図工の時間が好きだった彼女は、テレビで見た『ビフォーアフター』に心躍らせていた。当時はまだ大工になるという明確な目標はなかったけれど、何かを作ることに純粋な喜びを感じていた。
高校では農業機械のコースに進み、鉄パイプを溶接して脚立を作ったり、木で折りたたみ机を組み立てたり。作ること自体が、自然と彼女を夢中にさせていた。
転機は高校2年の職場体験。
工務店を訪れた彼女は、埃舞う現場の中で、道具を握る職人たちの手元に目を奪われた。
中でも一人の女性大工の姿が、心に焼き付いた。
「すごくかっこよくて。自分もやってみたいと思いました」
その思いは、やがて彼女を建築の学校へと導き、確かな目標へと変わっていった。
Chapter
2
慣れという名の力
できないと思っていたことが、いつの間にか日常になる。
石膏ボードは一枚10キロを超える。天井に押し上げ、脚立の上でビスを打つ作業は、想像を超える過酷さだった。
「最初は必ず2人で作業していました」
彼女の隣には、いつもご主人がいた。
「やってみる?」
その一言が、彼女の背中を押した。
夏の灼熱も、冬の凍える寒さも、現場の厳しさも。
「慣れだね」と笑って受け止めてきた。
「女だからって、言い訳にはしたくないんです」
入社当初、「続かないだろう」と言われたこともある。けれど今では、「誰よりも綺麗に仕上げる職人」と認められている。
仕事の速さを求められる現場でも、丁寧さだけは絶対に崩さない。
その静かなこだわりが、彼女の誇りになっている。
Chapter
3
日々の休息
仕事の答えは、暮らしの中にある。
「アパートにいた頃より、ずっと気が楽です」
ご主人と二人で働きながら、二人で建てた家。
リビングに据えたプロジェクターで、アニメを観るのが日課になっている。
ロフトには、二人で集めたフィギュアのコレクション棚。
家に帰れば、今日の現場の話をする。
愚痴も、笑い話も、ご主人がすべて聞いてくれる。
ときには紙に書いて、分からない工程を丁寧に教えてくれることもある。
そんな時間が、疲れた体と心を解きほぐしてくれる。
「自分で家を建てて、より強く思うようになりました。
"家って、帰りたくなる場所であってほしい"って」
その感覚は、彼女が手がける家づくりの基盤になっている。
暮らす人の日常を想う——
たったそれだけの当たり前が、家づくりの根っこにあることを、彼女は知っている。
Chapter
4
続くことの価値
限界を決めないで、ただ前へ。
限界を決めず、ただ続けてきた。
「できない」と思っていたことが、気づけば「できる」に変わっていく。
現場では、常に慣れと経験を積み重ねてきた彼女。
過酷な環境も、物理的な制約も、すべて「慣れ」という言葉で受け止めてきた。
大工という仕事も、ご主人との暮らしも、互いが支え合いながら、今ここにある。
「目標ですか? 現状維持です」
彼女の言葉は、意外なほど静かだった。
「このままずっと、大工を続けていけたらいいなって思います」
変わらない日々を大切に守り続けること。
それが、彼女にとっての確かな願いなのだと思う。

EPILOGUE

夕暮れの現場。
片付いた床に立ち、道具をしまう手つき。
彼女の横顔が、ゆるやかな光に染まる。
今日もまた、誰かの暮らしのために。
誰かの「おかえり」のために。
完成した家ではなく、
その途上にある彼女の手の中で、
小さな光が静かに息づいていた。




OFF SHOT

新居のリビングで仲良く食事を楽しむお二人。お気に入りのプロジェクターで映像を眺めながら、くつろぎのひとときを過ごしていました。

仕事中の古山さん。現場はいつも整理整頓されており、お客様や他の職人さんからも高評価です。丁寧かつスピーディーに作業する姿は頼もしく、その背中に信頼が集まります。

2人の趣味が詰まったアニメのフィギュアコレクション。お気に入りのキャラクターたちに囲まれた空間が、暮らしに彩りを添えてくれます。

大工の先輩でもあるご主人から、図面を交えてアドバイスを受ける日常。信頼と愛情に満ちた二人三脚の仕事ぶりがここにあります。