
PROLOGUE

人生には、ときどき選択を迫られる瞬間がある。 立ち止まるか、歩き続けるか。 一人で歩くか、誰かと一緒に歩くか。 その選択の先に広がる景色は、完璧な答えではなく、手探りの日々。 それでも、家族という名の絆が紡ぐ物語には、静かな光が宿っている。 今回は、二世帯住宅での葛藤から始まり、娘の留学を支え、ついに理想の平屋を手に入れた一家の、少し照れくさいような、温かな記録です。
Chapter
1
立ち止まる勇気
もう限界かもしれない、と思った夜。
若穂の家で始まった新しい暮らし。
夫は下諏訪への単身赴任、小さな娘と義両親との日々。
土地勘のない場所で、価値観の違いに戸惑う毎日だった。
義父母は決して悪い人ではない。ただ、生活のリズムや細やかな感覚が、どうしても合わなかった。
「もう、ここではやっていけないかもしれない……」
限界を感じた彼女は、密かにアパートを探し始める。
娘の転校先も調べ、荷造りまで始めていた。
その時だった。
「俺も、一緒に出るよ」
夫のその一言が、すべてを変えた。
あの言葉がなかったら、家族はバラバラになっていたかもしれない。
こうして三人は、新しい暮らしへと足を向けた。
Chapter
2
画面越しの絆
遠く離れても、笑顔は届く。
アパートでの暮らしに慣れた頃、娘が口にした夢。
「もっとバイオリンを極めたい。ウィーンに行きたい」
最初は驚いた。でも、娘の瞳の真剣さを見て、心を決めた。
「やるからには、応援しよう」
遠い異国の地へ、一人で旅立つ娘。
当時はまだスマホが普及していない時代。頼りは、スカイプの不安定なビデオ通話だった。
時差を計算し、現地のバーガーキングのWi-Fiを使って、娘は日々の出来事を話してくれた。
「今日はこんなことがあったよ」
「ちょっとホームシック気味かも……」
画面越しでも、笑顔が見られるだけで心が安らいだ。
言葉よりも確かな繋がりを、親子は感じていた。
帰国後、娘はバイオリンのインストラクターとして、60人以上の生徒に囲まれるようになった。
体調を崩した時には、山のようなお守りが届く。
人とのつながりの温かさを、あらためて実感した。
Chapter
3
娘からの贈り物
「そろそろ、家を建てたら?」
娘の音楽活動を支えることに精一杯で、自分たちの家なんて、遠い先のことだと思っていた。
そんなある日、娘が何気なく言った。
「そろそろ、ママたちも家を建てたら?」
その一言が、心の奥にしまい込んでいたスイッチを押した。
「そうだね、考えてみようか」——自然とそんな気持ちが湧き上がった。
いくつかのモデルハウスを見て回ったが、どこかしっくりこない。
整えられた空間は、自分たちの暮らしには少し窮屈に感じられた。
そんな時、出会ったのがある工務店だった。
少し変わった要望にも、真摯に耳を傾けてくれた。
「扉は、ほとんどつけたくないんです」
「壁も、できるだけ少なくして、開放的に」
普通なら難色を示されそうな希望にも、彼らは眉一つ動かさない。
「どうすれば実現できるか、一緒に考えましょう」
その姿勢が、彼女たちの心を掴んだ。
Chapter
4
家族の宝箱
ソファを中心に、暮らしを組み立てる。
「平屋にしよう」
そのアイデアは、家族の中でスッと決まった。
娘も「ワンフロアで、すぐ行き来できるのがいい」と賛成してくれた。
ソファのサイズを先に決め、それを中心に間取りを考える。
漫画やフィギュアを飾るための大きな棚。密かな憧れだった「押し入れみたいな部屋」。
一つひとつの想いを丁寧に汲み取り、形にしていくプロセス。
それは、家という「モノ」を作るのではなく、家族の「暮らし」を紡いでいく作業だった。
完成した平屋は、まさに家族の宝箱。
キッチンからリビングが見渡せ、家族の気配がいつもそばにある。
ワンフロアで繋がる空間が、心地よい一体感を生み出している。
Chapter
5
続いていく笑い声
特別なことは何もない。でも、それが宝物。
今、娘は嫁いだ身だが、週に何度も「ただいま」と顔を見せる。
「新しいガチャガチャが出たから、一緒に回しにいこうよ」
親子でワイワイと盛り上がる。
夫は車いじり、自分は料理とミニチュア作り。
みんなバラバラな趣味だが、どこか一緒に楽しめるポイントがある。
友人が遊びに来ても、「落ち着く」「ここに住みたい」と言ってくれる。
家族の楽しさが、そのまま外に広がっているような感覚。
若穂の二世帯住宅で必死だった頃、娘の留学で心配した頃——
そうした経験があるからこそ、今の幸せを実感できる。

EPILOGUE

リビングのソファには、今日も家族が集まる。
たわいもない日常の話、それぞれの近況報告。
笑い声が、柔らかな光とともに部屋を満たしていく。
特別なことは何もない。
でも、この穏やかな時間が、何よりの宝物。
窓の外には、これからも続いていく、家族の物語が静かに広がっている。




OFF SHOT

新居での暮らしについて語るご夫婦。落ち着いた空間に笑顔があふれるインタビューのひととき

広々としたリビングにて、お気に入りのソファでゆったりと過ごすご夫婦。自然体の笑顔が印象的な一枚です

廊下に家族の写真を飾って、通るたびに思い出に触れられる“わが家だけのフォトライブラリー”。日常の中に、小さな幸せが宿る

奥さまの趣味であるミニチュアハウス。丁寧に作り上げた空間には、暮らしへの愛情と遊び心が詰まっています

ご主人が手づくりしたDIY用の工具収納ボード。用途ごとに整理された道具たちから、モノづくりへのこだわりと誠実さが伝わります

娘さんのお部屋の壁一面には、家族のご趣味の漫画本がずらり。お気に入りの空間に、こだわりが詰まっています

娘さんお気に入りのチェストの上には、ガチャコレクションがずらり。遊び心と趣味の世界が溶け込んだ空間です

ロフトは奥さまの寝室。大好きな雑貨や写真がぎゅっと詰まった、心ときめく“乙女部屋”です

ロフトから見たリビングダイニング。陽射しが差し込む開放的な空間に、家族の笑顔が自然と集まります

娘さんの留学中、家族はこの時計で異国の時間を感じながら日々を過ごしていました